お待たせいたしました。テックの大黒柱であり、元キャプテン翼である、安藤翼です。
ついに引退しました。フットサルを始めてから約4年。信じられないくらいにあっという間です。
フットサル部を引退して実に1ヶ月半ほどが経過しましたが、フットサルへの喪失感というものはあまりありません。部活がなくなり、暇すぎます。
しかし、一つだけ問題があります。同期に会えなくなったことです。弊学にいる間のコミュニケーションの99%をフットサル部で消化していたので、喋る機会がなさすぎてTWICEモモのような0カ国後話者になりそうです。
そんな中、同期の中で空前の筋トレブームが起こりかけています。なので、これを機に筋トレトークができそうで楽しみです。合トレしよ。
テック1のヒョロガリである要がジムと契約したらしいのでどんくらいやってるか聞いたところ、1回30分という舐めたトレーニングをしていました。筋肉の前に根性をつけていただきたいところです。
ここに書くことがなくなりました。なので、最近のことをつらつらと書いて行きます。しっかりと目を通すように。
まず、他のやつの引退ブログにもある漢8人と男1人(木村)のベトナム旅行の話ですが、もう大体知ってると思うので私からは3点だけ。
まず、異文化交流は難しいということ。詳しいことはプライバシー保護の観点からお話ししませんが、共通言語がない状態でのコミュニケーションは難しいものがありました。泥スパ行けば良かった。
次に、ルーレットに勝つには忍耐が大切であるということ。そして、確率には流れがあること。
皆さんが高校生時代に必死こいて勉強していた確率には意味がありません。今このブログを読んでいる高校生、テストで確率の問題が出たら、1か0と書いてください。中途半端な数字にはまったく持って意味がありません。どんなに難しい確率の問題でも、当たったら「1」外れたら「0」です。時短にもなります。
最後に、楽しかったということ。
ついでに、私が最近見ているドラマを紹介します。
「99.9〜刑事専門弁護士」です。
このドラマは、一度起訴されると99.9%有罪が確定してしまうという、刑事裁判で被告の無罪を立証しようとする弁護士たちの話です。
まず、主人公が我らが嵐の松本潤で主題歌が嵐の曲であるという時点で、全国民が見るべきです。
そして、松潤演じる深山弁護士の相棒的な存在の、明石さん(片桐仁)と上司の佐田先生(香川照之)というキャラクターが面白いです。
コンフィデンスマンJPあたりが好きな人はハマると思います。ただいま絶賛就活中ですが、司法の道も考え始めようかなと思います。
このあとは、九条の大罪とブラッドハウンドあたりを見ようと思います。
他に何か書くことないかなと考えましたが、ベトナムに行ってから筋トレ以外何もしていないので、書くことが本当になくなりました。
なぜ筋トレについて書かないのかは、この後わかります。
要の長ければ長いほどいいという考え方に則った結果、相当の長さにまとめることができました。
要の引退ブログは教養卒論より長いらしいですが、私は卒論の字数を遥かに凌駕しています。
ちなみに私の卒論とその発表は、これから研究室に配属されて卒論を乗り越えることができるか心配している、すべての人を励ますことができます。まず、パソコンとモニターを繋ぐ端子を忘れ、教授の質問には一つも答えられず、沈黙の4分を過ごしました。
話が逸れてしまいましたが、この4年間をがっつり振り返っていきます。お手元にハンカチとお茶菓子を用意してからご覧ください。
4年間振り返り
フットサル編
まずはこの4年間を、フットサルという無難な視点から振り返っていきたいと思います。
1年生〜大スカしと反抗期〜
まずは、フットサル部に加入した経緯から話します。健康診断をコロナで欠席したため、新歓ビラ配りを受けられず、若干19歳の私はサークルの情報をほとんど知りませんでした。
そんな中、ユニットで集まる謎イベントが開催されました。同じユニットの人を見て、『本当に男ばっかじゃん』『男かと思ったら女やん』『髪の毛モジャモジャなやついるな』など思っていましたが、なんと地元がほぼ同じで共通の友達もいる北村要くんに出会いました。
そうです、『髪の毛モジャモジャなやついるな』と思っていたのは彼だったのです。
さらに隣のユニットには湘南高校出身の吉田悠人くんもいました。すごい偶然ですね。そのまま3人でフットサル部の練習参加に行きました。その後、ゲーム大会にもサクッと参加しておきました。
ゲーム大会の時に、すでに練習参加していた人たちで内輪ノリができていて、それを見ていた私は『キモいな、つまんないな』と思っていました。私のよくない癖が思いっきり出ていました。当時の貴重な写真を貼っておきます。なんとひなたと肩を組んでいました。

Fig. 1.ゲーム大会の写真with ひなた、三木、木俣、要、たつや、峻太、たくと(元気にしてる?)、その他
フットサル部以外にいいサークルが見つからずにいた時に、フットサル部の応募が締め切られてしまう、さらにはなんか選考会みたいなやつをやるということを聞いて、『強豪校なのかもしれない』(いらない心配)と、あわててフットサル部に応募しました。
その後なんやかんやで入部しました。選考会で私を選んでくれた人は人を見る目がありますね。
フットサル部入って最初の1ヶ月くらいはBにいてその後Aに参加しました。Bではスカし続け、練習後のご飯などを全て断っていましたが、Aに入ってまっすーや平塚と喋るようになり、人が変わったかのようにうるさくなっていきました。
しかし、フットサルに対する熱はなく、フットサル的な動きがわからず当時のキャプテンである隠岐に色々言われ、彼のことをうざがっていました。要の家で『守備軽いくせにうるさい』と言っていたのを今でも覚えています。年頃の中学生男子に見られる反抗期っていうやつですね。
入部してから半年くらい経って、公式戦にも出るようになりました。正直試合内容とか全く覚えていませんが、まっすーたつや友哉との勢いセットは楽しかったです。
そこから、松本(敬称略)のプレーを見たり、原が都戦に選ばれてイキって都戦のユニフォームでテックの練習にきているのを見たりして、だんだんフットサルへの熱量が増えていきました。多分。
私の記憶に残っているわずかな公式戦の中で、1番記憶に残っているのは東京フェスです。
当時関東リーグで上位常連だった東京国際に6-3くらいで勝てました。当時は、関東リーグなんて夢のまた夢だと思っていたので、絶対に勝てないと思っていました。
いまだになんで勝ったかは分かりませんが、今なら当たり前に勝てます。
2年生〜文武両道できず〜
2年生の時は、学業との両立に苦しみました。その原因は二つあります。
1つ目は、フットサルのモチベが高くなってきたことです。
この年は都選抜に入るという明確な目標があったため、フットサルの動画を見始めるなど、私生活の中でフットサルが占める割合が増えていました。大学の講義中もほとんどの時間をフットサル動画に費やしました。
結果、スペイン語に30分遅刻した挙句、教授の目の前で朝ごはんを優雅に楽しみながら、フットサル動画を見てしまいしっかり目に怒られるという事件が起きてしまいました。単位はしっかりといただきました。
この辺で、1年生の時に悪口を言っていた、隠岐慎太郎の凄さに気づき始めました。点は決めないし、ヒョロヒョロだし、守備も軽いし、うぶだけどフットサルのうまさで言えば、テックでダントツでした。
2つ目の理由は、系ごとの授業が増え、今まで頼っていた要はるとが使い物にならなくなってしまったことです。授業課題の締め切りが近づくと自動で課題を送ってくれる便利な機能を失いました。りく(ユニットの希少な友達)は同じ系だったので、引き続き活用させていただきました。ありがとう。
朝起きれず、授業に出れない&期末テストは毎回前日要の家勉強を続けた結果、系所属点下から6番目という惨状を招いてしまいました。
しかし、フットサルの方は順調でした。都大2位で来季から関東リーグ出場、そして念願の都選抜選出。
これには、指導者として来て、風のようにいなくなっていったあの方の貢献もあったと思います。戦術的かつ肉体的かつ精神的な刺激をいただきました。
目標であった都選抜の方はというと、予選敗退し2泊3日の長野旅行となってしまいました。2日目の夜にみんなでマックを食べてゲームセンターに行ったのと、3日目に朝からスタバでブライトと2時間以上マリオカートをしたのはいい思い出。

Fig. 2. ゲームセンターでUFOキャッチャーを背負うブライト『今までのどんなフィクソよりも動かなかった』
ですが他大学の人とフットサルをして、指導者に教わるのはいい経験でした。少しは成長したと思います。また、長野選抜にいた宮下豪也のプレーには衝撃を受けました。いまだにあれ以上に上手い人に出会ったことない。
今回の東京都選抜に参加していたとうご、はると、飯沼の来年の覚醒に期待しています。
この年で1番思い出に残っている試合は、都大の日体大戦です。
退場して情けなくピッチを後にする35番の後ろ姿と、その後に急にキャプテンシーを発揮し出す元キャプテン、すかしつつもゴールを決めるたけし、そして何より試合後の35番の情けない涙。感無量。
3年生〜大空翼〜
キャプテンになりました。キャプテン翼の誕生です。
2年の終わりの頃から、私がキャプテンをやるという空気が流れ始め、そのまま流れで就任いたしました。最初の方は、めんどくさい事務作業を副部長と雑用係に任せれば、キャプテンマークを巻くだけの仕事かと思っていましたが、実際は想像以上にめんどくさかったです。
4年間で1番フットサルに向き合っていた1年間だったと思います。
Aには指導者がいないので、練習メニュー組んだり、初めての関東リーグだったりと色々大変でした。Bの方には、指導者が来てくれましたが、人数が少ない&活気が足りなすぎるという理由から、ほとんどのBの練習に参加しました。鉄人すぎますね。
この年にやって良かったと思うことは、他チームへの練習参加です。
練習メニューの組み方などを学ぶために、最初の方に何回か社会人チームの練習に参加しました。(🟣,🟦)現役のFリーガーとも一緒に練習することもできました。
練習メニューについて学べたかはともかく、いい刺激になりました。なので、後輩には積極的に練習参加をすることをお勧めします。人脈も広がります。なんなら社会人チームに入ってもいいと思います。
後悔していることも一つあります。それは、A,Bのメンバーをかなり固定してしまったことです。
キャプテンになった最初の方は毎週の練習でBから1人Aに呼ぼうと思っていましたが、公式戦が近いやら人数が少ないやらでほとんどできませんでした。その結果、Aの練習から緊張感が消えてしまいました。ミスった。
当時Bにいた人は、モチベーションを保つのが本当に難しかったと思います。
でも、この時の1年生(今の新3年)が毎週火曜の練習前に自主練をしていたのを見て、感動しました。そして、モチベーションを維持し続けてくれたことが本当に嬉しかったです。これを見て、もっと頑張んないといけないなと思いました。
結果はというと、トーナメントはともかく、関東リーグも都大もそこそこでした。ただ、個人としては目に見える結果がなかったので悔しかったです。
特に得点。多分、関東とインカレと選手権合わせて5点。キャプテンとして、関東得点王になると言っていた最初のころが恥ずかしいですね。
この年で1番印象に残っている試合は、東京国際戦です。これは悪い意味で印象に残っています。
簡単にいうと、私の4年間で1番調子悪かった試合です。シュートは枠に飛ばず(なんならサッカーゴールおいても入らないくらい)、しまいには天井にコーナーからの下げ玉を当てるほどでした。あの時はアネルの天井も驚いたと思います。
あの試合の後、少しだけシュートが嫌いになりました。
4年生〜Xin chào〜
同期の4年も全員が残り、キャプテンという役職からも解放され、1番フットサルを楽しめました。4年のわがままに1年間耐え続けた周陸ありがとう。この1年のことを最も鮮明に覚えているので、各公式戦ごとに簡単に振り返りたいと思います。
まずは、インカレ。PKを外しました。で、負けました。そして我々の代の雑用係が旅立ちました。
次に関東リーグ。まず、車を出さなくていいということが嬉しかったです。
普通に行きと帰りずっと運転して1人往復2000ってえぐいて、感謝しろ。飯の後とかマジきついから、助手席喋んないし。
すみません。本音が思わず出てしまいました。
チームは結局7勝1分3敗で4位、もっとああしてれば勝てたなとか後悔はいっぱいありますが、まあまあ頑張ったと思います。4年生が目に見えて活躍しているのがとても嬉しかったです。誇らしい気持ちでいっぺぇーでした。
すみません。悟空みたいになってしまいました。
次に選手権。初戦のDREAM戦から怒涛の4連勝で東京都決勝大会まで行っちゃいました。特にCelsus戦は正直勝てないと思っていたので、ありえないくらい嬉しかったです。3点目のブライトのゴールで過去1くらい喜びました。
勝てば関東大会進出だった町田アスピ戦は、もう1回やっても勝てないくらい差がありました。プレースピードや技術など、大きく上でした。しかし、筋力と学力は圧倒していました。
後輩諸君には、来年ぜひ関東大会に行ってほしいです。
最後に神戸カップ。選手権アスピ戦の後から膝を痛め、1ヶ月くらい自主的なオフに入り筋トレだけを永遠に続けたため、3〜4キロくらい太ってしまいました。
オフ明けも膝の痛みを理由に週1くらいでしか練習をせず、さらに、神戸カップ1週間前に沖縄に行ってしまったため、正直コンディション最悪ですぐ交代するつもりでした。実際、4年間のフットサル人生で1番途中交代したと思います。
結果は愛媛大学に劇的勝利を収めて、3位。
この試合は4年間で1番気持ち良い勝ちでした。0-3から4-3は出来過ぎですね。
この前の飲み会で、この試合で1点目と4点目を記録した私が主人公ムーブすぎるという話になり、確かになと思いました。キャプテンをやったことが神様に評価されたのかもしれません。
映画関係者の方、脚本の方お願いいたします。キャストはこんな感じですかね。
主演:山崎賢人(安藤翼)、賀来賢人(要)、大沢たかお(増田)、イ・ビョンホン(三木)、コン・ユ(ひなた)、ジェイソン・ステイサム(吉田)ノアライルズ(ブライト)、木村友哉(本人出演)
正直優勝したかったけど、勝ち方も素敵だったのでまあまあ満足です。この大会で学んだたことと、嬉しかったことが1つずつあります。
まず、学んだことは試合中に盛り上げたら勝てるということです。
特に3位決定戦の愛媛大学戦では、恥ずかしながら人生で1番声を出しました。ほぼカラオケ状態でした。
正直、戦術的な声掛けは皆無でしたが、とにかく盛り上げ続けました。テックのパッションマネージャーである吉田悠人もびっくりするくらいには声を出していました。3点ビハインドになってからも声を出し続けた結果、勝てました。つまりはそういうことです。
思い返すと、まっすーやガヤ担当のたけしサンタなどがいたおかげで都大なども勝っていたのかもしれないですね。来年以降はなんか静かになってしまいそうなので、誰か頑張れ。
次に嬉しかったことは、今まであまり出ていなかった後輩諸君(特にこっちセットのそうたと飯沼)が上手くなっていたということです。
神戸カップ前はそもそも練習をあまりしていないかつ、ほとんどBで練習していたため、Aにいる人と一緒にプレーするのは選手権以来でした。さらに圧倒的体力不足により、今までより何倍もベンチの人がプレーする時間が長くなっていました。そんな中、そうたと飯沼が大活躍でした。
そうたは神戸カップ前日に体調不良になった友哉に変わってピヴォの役割を全うし、守備に関しては友哉の何倍も良かったです。後、体力ありすぎ。フットサル的な動きがわからずに、試合中に道に迷い、Googleマップでゴールへの行き方を調べていた頃が懐かしいです。
飯沼は、とにかく自信を持ってプレーしてました。かつては、試合に出るたびに消極的なミスをし、ベンチに戻ってきて、1人だけ冷や汗をかいていたのに、神戸カップでは1対1を仕掛けるほどに成長していて、最後には要からポジションを奪っていました。(都選抜で3つ星やってくれてありがとう)
この辺りで2人の目に大粒の涙が輝いていることでしょう。
この2人は、私がキャプテンの時に成長すると確信し、どんなにやらかしてもAに呼び続けていたので、本当に嬉しかったです。やはり私の見る目は間違っていなかった。もちろん、他の1.2.3年も本当に上手くなってました。
そんなこんなで、私の輝かしいフットサルライフが幕を閉じました。
筋トレ編
なぜ今まで筋トレの話題が一度も出ていないのかと、多くの視聴者が疑問に思っていたことでしょう。その理由がこれです。
私の4年間を語る上で、筋トレは欠かせません。最初はフットサルと一緒に書こうかと思いましたが、フットサルと同じくらい書くことがあります。なので、フットサルとは別にして筋トレのみでこの4年間を振り返ろうと思います。
私の筋トレへの気持ちの変化や、モチベーションだけではなく、どのように情報収集していたかなど、今後筋トレをしていこうと思っているすべての人にとって有意義なものになっています。
世紀の筋トレブームが起きているテックにおいて、筋トレに興味ないという人はいないと思いますので、しっかり音読してください。
と、思ったのですがあまりにも筋トレすぎる&長いので、筋トレに興味がない人は飛ばしてください。
1年生〜第0次筋トレ革命〜
特になし。
2年生〜第1次筋トレ革命〜
いつからか始めたかも、なんで始めたかも全く覚えていませんが、最初は東工大のジムでちょっとやり始め、その後にJOYFIT24に加入しました。最初の方は、なんの種目をやっていいかもわからず、適当にベンチプレスとかをやっていたと思います。
今筋トレをしている人の多くが、東工大の地下のしみったれた場所にある、ジムでやっていると思いますが、家の近くのジムを契約することをお勧めします。
東工大のジムは、狭い、暑い、ボロい、器具が少ない、空いている日が少ない、イキっているアメフト部がうざいなど、劣悪な環境です。
以下におすすめジムTier表を貼っておきます。参考にしてください。

Fig. 3. おすすめジムTier表
この頃は全くと言っていいほど、筋トレへの熱はなく行ける時に行っていたので、1ヶ月以上行かない時も平気でありました。
しかし、この年の多分10月くらいに、私の筋トレ熱を上昇させる出来事がありました。それは、なんともない会話でした。
確かF-netの試合前に、まっすーにジムに入ったということを話すと『どうせ続かないから金の無駄だ』的なことを言われました。
そこで火がついた私は、その場で服や靴、プロテインなどをAmazonで買い漁りました。まっすーのおかげで、今の私があります。ありがとう。
そこからは、分割方法や、種目のメモなども取るようになりました。
どの種目をやったらいいかも、フォームも全くわからなかったので、最初は YouTubeで筋トレ系のを見て真似しました。今古賀翔や山澤など。
私の残してある最古の筋トレメモによると、2024年10月14日時点でベンチプレスは67.5kgで8repでした。
この時は、とにかく胸腕と足をやっており、背中は効いている感覚がなかったので、あまりやっていませんでした。
3年生〜第2次筋トレ革命〜
この1年は、基本的に胸二頭、背中三頭、足肩の3分割を週3〜4回やっていました。いつか忘れましたが、パワーグリップとリストラップを買い、さらに筋トレ熱が増していきました。
筋トレを始めようとしている人には、この2つのギアを買うことをお勧めします。
パワーグリップは握力を補助してくれるので、背中トレの時に前腕にかかる負担が減り、その分背中に入りやすくなります。背中トレをちゃんとやりたいという人や、握力がなくて最後の方前腕がキツくなるという人にお勧めです。
リストラップは手首に巻くことで、手首の痛みを軽減してくれます。ベンチプレスの時に手首が痛くなる人には、特にお勧めです。
パワーベルトは高いので、最初は貸し出しか、なしでいいと思います。
この年には関東リーグがありましたが、キャプテンなのに思うように活躍できませんでした。
4年として残ってくれた原啓太はうざいですがチーム得点王になり、サンタは毎試合常人離れしたセーブを連発してチームを救っていました。また、一緒に都選抜に行ったブライトは気づいたら、関東リーグでも屈指、いや、No.1のピヴォになっていました。
そんな中、私はシューターなのに、全く枠に飛ばず、しまいには天井に当てる始末でした。当時はあまり表に出していませんでしたが、正直言って悔しすぎました。
今から足元が上手くなるわけでもなく、今までもまあまあ見てきたので、フットサルの動画を見ても大きくは変わらないと思って悩んでいた矢先、スマホを見ていた私の目にマッチョが写りました。ぷっちょではなく、カルパッチョでもなく、マッチョです。
その時、私の中に稲妻が走りました。これだと思った私の筋トレ熱はこれまでの比にならないくらいに増していきました。
4年生〜第3次筋トレ革命中〜
キャプテンからも解放され、練習メニューを考えなくて良くなったため、その分、筋トレについて考えるようになりました。
この1年、いろいろな種目や分割を行いましたが、最もやって良かったと思っていることは、食生活の改善です。
『筋肉はキッチンで作られる』という言葉通り、どれだけ筋トレを行なっても、筋肉を合成するだけのエネルギーと材料がないと成長しません。それをYouTubeで知ってから、人が変わったかのように食事管理をするようになりました。
炭水化物源としてオートミールと白米、タンパク質は1日に体重×2.5~3g、脂質を摂りすぎないなど今まで食べていた脂っこいものや外食をやめ、ダーティな食事から鶏胸肉とブロッコリーなど、クリーンな食事にしました。
サプリもクレアチンとマルチビタミンを飲み始めました。この2つのサプリは、皆さんに自信を持っておすすめします。
筋肉量が大幅に向上したかはわかりませんが、フットサルの調子は目に見えて良くなりました。
インカレ、選手権、関東、神戸カップ合わせて、21試合で14点。ついに筋肉が味方をしてくれました。
関東リーグが終わってから、最初はフットサルのために筋トレをしていたのに、フットサルの練習のせいでジムに行けないことが嫌になっていました。
選手権のペスカ戦以降、膝が痛いと言って部活を休んでいましたが、筋トレをやりたい放題できて最高でした。膝が痛いのに、ベントオーバーロウとかやってました。
筋トレやってなかったら、神戸カップまでに完治していたかもしれません。しかし、後悔はありません。
神戸カップを終え、ベトナムから帰国した今、私の筋トレ熱は最高潮です。フットサルのせいでできなかった増量期に入り、食事の量も1g単位まで測って食べています。
今の筋トレの目標は、みなさんと会えたときに『大きくなったね』と言ってもらえるようになることです。私の今後の成長に期待しておいてください。
最後に
最後になりますが、今から筋トレを始めようとしている全ての人に向けて、ささやかながらアドバイスをしたいと思います。
まず、いろいろな種目をやってみてください。
最初は何もわからないと思いますが、YouTubeとかで「〇〇トレ おすすめ」とかで調べて出てきたやつをやってみてください。各種目によって合う合わないがあると思うので。ただ、一個の種目は最低でも1ヶ月くらいやってから合う合わない決めたほうがいいと思います。
個人的に、効かせるトレーニングをする1番のコツは、動作中に対象部位を頭の中でイメージしながらそこに負荷をかけるんだという意識でやることだと思います。
次に、十分な量のタンパク質と炭水化物をとってください。
タンパク質がないと筋トレしても筋肉はつきません。最初は体重×2gくらいのタンパク質を取る。最初はこれだけでいいと思います。そこから、興味がある人は炭水化物源やその他の栄養素の影響、カロリー計算、サプリ等に手を出していけばいいと思います。
次に、分割法についてです。
PPL法や3,4分割法などいくつかありますが、まずはシンプルに部位ごとに分割でいいと思います。自分が週何回ジムに行けるのか、どの部位を鍛えたいのかを決めてそれに応じた分割法をやってみてください。多分最初は、何やっても扱える重量や回数がどんどん増えていくと思います。
最後に、わからないことがあればプロ選手の動画を参考にするといいと思います。次に挙げる人たちの動画を参考にしてください。それか私に聞いてください。ある程度なら答えられます。
山岸秀匡:日本ボディビルのレジェンド、2023年マスターズオリンピア優勝←まじですごい
ポパイ関根:変態
横川尚隆:日本ボディビルの未来を背負うプロボディビルダー
上里譲 / JO UEZATO:今の日本のおそらくトップフィジーク選手
Kanekin(金子駿):日本を代表するフィジーク選手。
田口純平:日本を代表するフィジーク選手。シンメトリーで綺麗な体。
寺島遼:絞りのプロ、フィジーク選手
ここまでご覧いただきありがとうございます。最後にボディビル界のレジェンドである、ロニーコールマンの言葉をもって、この筋肉編を締めたいと思います。
『There’s no secret formula. I lift heavy, work hard, and aim to be the best.』
皆様の筋肉が大きく、逞しくなりますように。
年上へ〜感謝カンゲキ雨嵐〜
筋肉の話はここまでにして、真面目に先輩への感謝を書いていきます。
まずは、松本、横田、橋本(敬称略)の代にはフットサルについてをたくさん教えてもらいました。1年くらいしかフットサルを一緒にやってないけど、1番先輩感があってちゃんと尊敬してます。ありがとうございました。私がちゃんと敬語を使っているあたりに、本当に尊敬しているんだなというところが見て取れると思います。
次に、隠岐、ます、平塚、たぴ、大福、くめの代には可愛がってもらいました。入部して最初の方は同期と同じかそれ以上に喋っていた気がします。今のテックの雰囲気やテックでの活動が楽しかったのは彼らのおかげです。あまり奢ってくれませんでしたが、飲み行ったのはとても楽しかったです。いつしか、2個上であることを忘れ、様々な無礼を働き続けて今に至ります。いまだに相思相愛です。ありがとう。
最後に、原、たけし、🎅、星野、岸、益雄、鈴木あきと、内海の代は幹部代としてのしっかりしてる感はすごかったです。部費をプラスで繰り越してくれたことには感謝しています。
原と星野と3人でスノボに行ったのはいい思い出です。朝私が寝坊して1時間遅れたにもかかわらず、一日中ドライバーをしていた原がご飯を全額奢ってくれたり、星野がしゃぶ葉で肉を食いきれず一切れ食うごとに千円くれたり。
原とサンタは関東リーグ残ってくれたの本当に嬉しかったし、結果残してて流石だなと思います。
一つ文句があるのは、たけしと岸が同じ応用化学系なのに、ほとんど役に立たないということです。来年くらいは課題とか送って。
後輩へ〜金言〜
新4年
残るという英断をした人たちは、後1年楽しんでください。結果はどうせ出るので、まずは残りの1年間を悔いなく楽しめるように頑張って。
長年のテックの躍進を支えた、偉大な我々の背中を追いたくなる気持ちはわかりますが、自分のスタイルを見つけて強くなってください。1年後に後悔しても遅いので、今このブログを読んでいる暇があるなら、すぐにジムに行ってください。『I’m not joking. I’m training right away.』
引退をした4人には感謝しています。特に私がキャプテンの時、ほとんどAに上げれずに、普通の人ならやる気を無くしそうな時も、後輩を引っ張って練習をしてくれていたことに救われました。最後に都大優勝という大きな結果がついてきてくれて、嬉しかったです。
新3年
6人での幹部代は本当に大変だと思います。思うように結果が出なかったり、個人としての調子が上がらないことも多いと思いますが、同期同士で支え合って1年後に笑顔で終われるように頑張ってください。応援してます。
特にキャプテンになったえいじは、すでにチームをまとめるので大変だと思います。先輩の要望がウザいなど多くの問題点が出てくると思いますが、自分がこの部の最高権力者であることを利用して、自分のやりたいようにやっていいと思います。キャプテンだからと言って無理しすぎず、同期や先輩を頼りながら頑張ってください。応援しています。
もし、自分の調子が上がらなくても、それは毎年のキャプテンにあることなので気にしないで。
新2年
普通にうまいし、元気でいいと思うのでそのままの勢いで頑張ってください。個人的には2年生の1年間の頑張りでその後の結果が大きく違ってくると思ってます。
我々の代はブライトを除いて伸び悩んでしまったので、反面教師にして頑張ってください。たくさん動画見たり、筋トレしたりするといいと思います。
個人的なおすすめは実際にプロの試合を見に行くことです。
同期へ 友よ〜この先もずっと…
木俣
飲み会で潰れた時に、安全に我が家まで送ってくれてありがとう。最初は「なんでこいつ稲田堤住んでんだ、イカれてんのか」と思ってたけど、こんなにも役に立ってくれるとは思いませんでした。年1くらいでの爆発力は魅力なので、今後もちょっぴりだけ期待してます。そして、関東車での助手席を務めてくれました。言いたいことはいろいろあるけど、道案内力は誰よりも高かった気がします。ありがとう。
友哉
4年間でいろいろなことを言ったけど、友哉のような人が1人いてくれたことで、この代に団結力が生まれた気がします(2人はいらない)。そしてなんと言っても、4年間ピヴォとフィクソのコンビを組んでくれてありがとう。あんまりアシストをされた覚えはないけど、なんだかんだで決めてくれるので助かりました。練習前後のわがまま(1対1とか)に毎回付き合ってくれてありがとう。
要
いつも走ってくれてありがとう。要みたいな、いい意味で犬みたいなやつがいたおかげで、こっちセットの前プレが機能していたと思います。クワトロの時とか、なんも言わずにジャンプしてくれるので、体力を温存することができました。こっちセットのフィクソとピヴォの分まで、走ってくれて本当にありがたかったです。あと、家貸してくれたり課題見せてくれたり旅行係してくれたり、いろいろやってくれてありがとう。
増田
いつも走ってくれてありがとう。要との両翼はこっちセットの明らかな強みでした。あと、1番俺のことを信頼してくれてるなって試合中ずっと思ってました。そのおかげで、自信もってプレーできたし増田からならパス来ると思って、温存していた体力を使ってジャゴとか走れました。ボレーめっちゃいいボールくれてたのに、ずっと決めれなくてごめんね。次は決めます。
ブライト
ずっと最強でいてくれてありがとう。俺がここまでフットサルに打ち込んで、筋トレとか始めたのは全部ブライトが前にいてくれたからです。ずっとブライトくらい最強になりたくて、いろいろ頑張ってました。ブライトがいることで、試合に勝てるのはもちろん、他のプレイヤーもブライトくらいの圧倒的な存在を目指して、上手くなっていったと思います。後輩のみんなも、彼くらいのスーパーな存在を目指すといいと思います。
みき
まずは、練習の合間とかのシュート練に付き合ってくれてありがとう。正直最初は頼りないゴレだったけど、神戸カップで何度もチームを救ってくれた姿に感動しました。最後はPK任せるくらい守護神になってくれたと思います。ベンチとかでもずっと声をかけてくれたおかげでチーム全員気持ちよくプレーできました。あと、家貸してくれてありがとう。ゴール決めきれなかったのは本当に情けないです。
ひなた
最初に監督やるって聞いた時は、練習来ない時あるし大丈夫かなと思ってたけど、気づいたら関東選抜行ってるし、なんか都選抜とかも顔利くようになってるしで、びっくりしました。キャプテンの時、交代とかタイムアウトとか全部やってくれてありがとう。あと、4年になってからも後輩とコミュニケーションとってアドバイスもしててすごいなと思ってました。都大優勝に大きく貢献してくれたと思います。来年も頑張って。
はると
副部長ありがとう。めんどくさいDMとか諸々全部やってくれてありがとう。はるとの自分や味方への要求や、一つ一つのプレーに対する熱意は全ての選手が、見習うべきだと思います。テックは仲がいいけど、緩くなりすぎるところがありますが、はるとが試合前や試合中に声をかけてくれるおかげで、チームとしても個人としてもいいプレーができていたと思います。やはりパッション担当はテックに必要不可欠です。
駿太、さいとー、たつやに関しては、言うことあんまないけどとりあえずまた旅行誘うから待ってて。
新入生へ
ここまで読んでくれている新入生はおそらく全体の1%に満たないと思いますが、万が一いた場合のためにかいておきます。
まずは、入学おめでとうございます。皆様の高校時代の弛まぬ努力が、この東京科学大学への切符を運んでくれたことだと思います。
新生活が始まって、右も左も、上も下も、1+1もわからないと思いますがそんなあなたにおすすめの部活があります。
フットサル部です。その魅力を伝えさせたいただきたいと思います。
まず、週3回という活動頻度がちょうど良い。
多くのサークルが週1とかの中、週3回体を動かすことで、モテる体型を維持することができます。高校の頃の体型を維持して、キラキラ大学生ライフを満喫したいという方や、しっかり球蹴りたいという人におすすめです。
次に、ちゃんと公式戦とか出てるしなんなら強い。
1年を通して6個くらいの公式戦に出ていて、結果も残しています。我々のような偉大な先輩の功績のおかげで、すぐにトップレベルを肌で経験することができます。高校の頃の部活の雰囲気が好きだったという方や、スポーツを全力でやりたいという人におすすめです。
最後に、フットサル未経験でもトップチームで活躍可能。
実際に現在所属しているプレイヤーの中で、フットサルを高校までにやっていた人は1,2人です。ちなみに、テックの黄金世代と謳われている我々の代には経験者はいません。(1人四捨五入済み)
ほとんどの人がフットサルに触れていないからこそ、4年間頑張るだけで他の強豪校と渡り合えるほどの実力を手に入れることができます。
ぜひ一度練習参加してみてください。一度味わったらやみつきになります。
あとがき
4年間あっという間でしたね。
神戸カップ後の最後の言葉みたいなやつで、泣くかなと思っていましたがうるっともしませんでした。同期も誰も泣かずに、なぜか後輩が泣いてました。
それだけ我々の代は、後輩にも先輩にもOBOGにも愛されていたのでしょう。嬉しい限りです。
私はこれでフットサルをやめます。私をスカウトしようとしていた関係各所の方々、申し訳ありません。
辞める理由は、筋トレをもっとやりたいのが2割で、残りの8割はこの4年間以上の楽しい経験をすることができないと思っているからです。それくらいに濃い4年間でした。
筋トレは続けていくつもりなので、今後も私個人への力強い応援のほど、よろしくお願いいたします。
テックの未来に幸あれ。
Tokyo Tech. F.C.